診療・治療
卵細胞質置換(cytoplasmic transfer) (別名:核置換/核移植(nuclear transfer), 卵子再構築(oocyte reconstruction), ミトコンドリア提供 (mitochondria donation))はいずれも卵細胞質内のミトコンドリア遺伝子変異などがもたらす悪影響を防ぐために、患者の卵子核を正常なミトコンドリア(卵細胞質)を有するドナー卵子の核と置換する方法である。イギリスでは雌雄2前核(2PN)置換法と紡錘体(spindle-chromosome complex) 置換法が、ミトコンドリア病の母から子への遺伝阻止目的でHFEA (Human Fertilization and Embryology Authority) により許可される方向に向かっている。
また、これらの方法は、ミトコンドリア活性の下がった老化卵子の若返り法としての適応も期待できることは否めない。42歳以上の体外受精妊娠率は非常に低く、流産率、染色体異常率が高いことから、エネルギー源であるミトコンドリアが存在する卵細胞質を老化卵子と健常卵子間で取り換えるという発想である。
減数分裂時の染色体不分離は年齢が高くなるほど高頻度に起こることが知られており、42歳以上では第一減数分裂時に約44%、第二減数分裂終了時までには約82%もの卵に染色体分離異常が起こることから1)、細胞質置換は第一減数分裂前、即ちMIIの極体放出前に行うのが本来は理想的である。
そこで、我々はMII極体放出前の染色体凝集塊*の置換を試みた2)。この方法の場合、染色体が凝集している期間(直径約5μm)に操作することから、雌雄2前核、紡錘体置換で用いるバイオプシー用の太いニードルやサイトカラシンを用いることなく、通常の顕微授精に用いるインジェクションピペットにてDNA(染色体)を抜き取ることができる。また、染色体凝集塊置換法の場合、既存の方法と比べて細胞質の持ち込み(ミトコンドリアの持ち込み)が僅かであることから、ヘテロプラスミーの懸念も緩和される。さらには、電気融合やSendai Virusを用いることなくダイレクトにDNA(染色体)を注入することが可能であり、卵子が受けるダメージは通常の顕微授精と同等であり、メリットが多い。更に、ミトコンドリア病患者の細胞質置換の場合は、GVBD-MI間の染色体凝集塊のみならず、TI-MII間の染色体凝集塊の置換法も、より低侵襲な方法としての可能性が広がる。
本記念セミナーI-②では、他の動物では見られないヒト卵子GVBD後の染色体凝集相をタイムラプス撮影によって得られた動画にて紹介し、染色体凝集塊置換(卵細胞質置換)の手技と将来の展望について述べる。
*ヒト卵子にはGVBD後と第一、第二極体放出後に染色体が凝集し一塊になっている期間(染色体凝集相:aggregated chromosome phase / AC phase)がある3)。
<参考文献>
1) Fragouli et al., 2011 The cytogenetics of polar bodies: insights into female meiosis and the diagnosis of aneuploidy. Mol Hum Reprod
2) Otsuki J. et al., 2014 Aggregated chromosomes transfer in human oocytes. RBMOnline
3) Otsuki J. et al. 2007 A phase of chromosome aggregation during meiosis in human oocytes. RBMOnline