診療・治療
【背景と目的】
男性不妊症の原因の多くは造精機能障害(無精子症・精子減少症等)であり、その主な原因として精索静脈瘤、性染色体異常(XXY, XX male, AZF領域の欠失など)が知られているが、約半数以上は原因不明である。近年、ヒトにおいてもRNF212, STAG3などの遺伝子変異に起因する無精子症が報告されており、精子減少症や精子無力症も遺伝子変異に起因する可能性が考えられる。そこで、本研究では、全ゲノムシーケンス解析から精巣上体特異的に発現する遺伝子を調査することを目的とした。
【材料と方法】
英メンズクリニックにて本研究に関するインフォームドコンセントを得た91人(全ゲノムシーケンス解析20人、サンガーシーケンス71人)を対象とした。全ゲノムシーケンス解析データから、アリル頻度が0.1以下かつタンパク質構造を大きく変える可能性のあるHigh impact変異(フレームシフト変異等)をホモ接合体で有する遺伝子を抽出し、正常精子所見の患者に存在しない遺伝子を特定した。このうち、精巣上体特異的に発現するRNASE9遺伝子変異について、さらに71人(外国人、染色体異常、精巣萎縮、精巣上体炎、精巣腫瘍、前立腺癌を除外)のRNASE9(c.1+1G>A, splice donor variant & intron variant)変異の有無をサンガーシーケンスで確認した。高速前進運動精子濃度が400万/mL(正常精子濃度1600万/mL×0.25)以上を正常とし、それ未満を精子無力症と定義した(2回以上の精子検査の平均値を使用)。東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)の日本人データベース(14KJPN)と正常群、精子無力症群の間で有意差検定を行った。なお、本研究は英ウィメンズクリニックおよび岡山大学倫理委員会の承認を得て、JSPSによる基盤研究C:20K09620および基盤研究A: 20H00446の一環として行った。
【結果】
精子無力症患者31人におけるRNASE9遺伝子変異(c.1+1G>A)のアリル頻度は0.177であり、日本人データベース(14KJPN: 0.088)に比べて有意に高かった(p = 0.022)。また、正常所見の12人にはRNASE9遺伝子の上記領域の変異は見られず(アリル頻度: 0.000)、精子無力症患者群との間にも有意な差が認められた(p = 0.029)。なお、無精子症患者47人におけるアリル頻度は0.089であり、本遺伝子変異との関連性は認められなかった (無精子症群 vs. 14KJPN: p = 0.852, 無精子症群 vs. 正常群: p = 0.195)。
【考察】
本研究において、RNASE9遺伝子変異(c.1+1G>A)がヒトにおける精子運動性低下の原因の一因であることが示唆された。RNASE9遺伝子はマウスでは精巣上体特異的に発現しており、RNASE9遺伝子KOマウスでは精子成熟が損なわれることが報告されている。ヒトにおいても、RNASE9は精巣上体特異的に発現し、射出精子および精巣上体内精子頭部に発現するが、精巣内精子頭部には発現しないことが確認されている。本研究の結果は、RNASE9遺伝子変異が精子運動性低下に寄与する可能性を示す新知見となった。今後は、さらに詳細な研究や臨床試験に基づいた確認を行う予定である。